グルメ de 妄想小説

美味しいグルメをもとに、デート小説を妄想してしたためています。

パティスリーモンシェール de 妄想ー季節のデザート、イースターエッグ

 

仕事の大事なプレゼンを終えて、近所で簡単な夕食を済ませ、疲労と少しの高揚感を抱えて帰宅した金曜の午後9時。
あとは一人酒でもして、ゆっくりお風呂に入って‥‥と思いつつ、アパートの階段を上ると、自分の部屋の扉の前に、見知った男が座り込んでいた。

「やあやあ、おかえり。遅かったじゃん、待ちくたびれたんだけど僕」
「‥‥うわ―‥‥何でいっつも急に来るかな‥‥」
「一応、ラインはしたよ?見なかったのはそっち」

そう言われて、退勤してからプライベート用のスマホを見ていなかったことに気付いた。
改めてラインの画面を見ると、1時間くらい前から、『今日家行っていい?』『ってか勝手に行くね』『着いちゃったんだけどまだ仕事?』『ライン見ろバカ』などと、彼から数件のラインが送られていた。
一番最後のラインには、『早く来てよ』という言葉とともに、いじけたみたいなうさぎのスタンプが送られていて、少し申し訳なくなる。

「‥‥まあ、気付かなかったのは謝るけど、いずれにせよ急だわ‥‥しばらくツアーでいないって言ってなかったっけ?」
「合間に一旦戻ってきたから、会いに来てやったんだよ。この僕がわざわざ足を運んでやったんだから、もっと有難がったら?」

上から目線でそう言う彼は、まだ売り出し中のバンドマン。インディーズシーンではけっこう人気があるらしいけど、私はそういう方面に疎いので、彼の人気がどれほどのものか全然知らない。
大学時代にバイト先で知り合って、早数年。「彼氏いないんでしょ?なら僕と付き合いなよ」という、超上から目線の一言でなんとなく付き合うことになったけど、女の子と接する機会も多い彼のことを、私はあまり信用していない。だから付き合って2年が経とうとしている今も、合鍵は渡していなかった。
今日みたいに急に来られた時、外で待たせるのは申し訳ない気もするけど、彼にどっぷりハマってから裏切られるのも怖いし、一定の距離感を保とうと努力している。

「まだ肌寒いんだから、早く中入れて」
「はいはい‥‥」

鍵を開けた私に続いて、シンプルにモノトーンで統一した部屋に入ると、「はぁー、相変わらず可愛げのない部屋」と言いつつ、勝手にソファでくつろぎ始めている。
会いに来てくれるのは確かに嬉しいけど、今日は疲れてるし、ご飯とかも作りたくないんだけどな‥‥と思っていると、「ご飯は済ませてきたから、お構いなくー」と、ひらひら手を振ってくる。‥‥なんか心読まれたみたいでバツが悪い。

「そう、私も食べてきちゃったから良かった‥‥っていうか、これ何?」
「あー、それ、おみやげ」

ソファに近寄ると、テーブルの上に鮮やかなオレンジ色の袋がちょこんと置かれている。
彼が何か買ってきてくれるなんて珍しい、と思いつつ見ると、見たことのあるロゴが入っている。

「この袋、堂島ロールのお店じゃない?」
「そそ。中身はロールケーキじゃないけどね」

開けてみなよ、と促されて袋を開けると、中には可愛らしいカップに入ったデザートが2つ、綺麗に並べられていた。

「わー、イースターエッグみたいにしてるのかな?可愛い‥‥」
「でしょ?まあ僕ほどじゃないけど」

一言余計だな、と思いつつ、手のひらサイズのころんとしたカップを手に取って眺める。
一つは白いパンナコッタに苺を載せ、カラフルなチョコを散らしてあるもので、もう一つはピンク色のムースにうさぎのチョコレートが載ったもの。
どちらも、小さいながら丁寧に飾り付けがしてあって、すごく可愛い。

 

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「一つは僕が食べるんだからね。まぁ仕方ないから好きな方選んでいいよ」

そう言われて、「えー、どうしよう」とかなり悩みつつ、白いパンナコッタのほうをもらうことにした。
夜ご飯は簡単に済ませただけだったから、このくらいのちょっとした量のデザートはとても嬉しい。
台所で手を洗い、スプーンを2つ持ってソファに戻る。

「いただきまーす」
「有難く頂きなよ」

彼からの返答は無視して、カップを開けて食べ始める。
綺麗に絞られたクリームは、あの堂島ロールのクリームで、やっぱりモンシェールといえばこの味だよなと、幸せな気持ちになる。
下のパンナコッタも甘すぎず、載せられた苺やベリーとも相性が良い。
イースターエッグとお花を模したチョコは、ホワイトチョコだ。

 

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「‥‥ねぇ、そっちもちょっと頂戴」

幸せな気持ちで食べていると、彼が少し拗ねたようなまなざしでこっちを見ている。

「いいけど、じゃあそっちもちょうだいよ」
「仕方ないなぁ」

カップを交換して、彼の選んだピンク色のムースのほうを食べてみる。
ムースは苺のムースで、適度な甘酸っぱさが上のクリームとよく合っている。クリームの上には、カラフルなマシュマロがいくつか散らしてあって、これがまた美味しい。

「うさぎのチョコは僕が食べるんだから、取っといてよね」
「わかってますって‥‥」

意外と乙女趣味というか、可愛いものや甘いものが好きな彼に、少し笑ってしまう。
もう一度カップを交換して、パンナコッタのほうをあっという間に完食してしまった。

「ごちそうさま‥‥美味しかった、ありがとう」
「378円になりまーす」
「え、お金とるの!?」
「冗談に決まってるでしょ、バカなの?」
「ひどっ‥‥っていうか、これ1個378円だったの?なんかコスパ良い気がするね」
「でしょ?可愛くて値段も手ごろな手みやげを見定める僕のセンスを褒めてもくれてもいいんだよ」

いちいち面倒くさいな本当に‥‥と思いつつ、「あーはいはい、すごいすごい」と適当に流しておく。

「‥‥でも、手みやげ持ってきてくれるなんて珍しいよね。どういう風の吹き回し?」

いつも一言多い彼への意趣返しのつもりで、ちょっと意地悪にそう言うと、彼は少しバツが悪そうにスプーンを置き、「‥‥別に。たまにはね」と呟いた。

「‥‥今日、なんか大事な仕事だって、言ってた気がしたから」

ぼそりと続けた彼の言葉に、顔を上げる。
そういえば、1週間ほど前に電話した時、「来週大事なプレゼンだから、それまで忙しくてあまり連絡とれないかも」と話した、ような。

「‥‥お疲れ様的な感じで何か買ってこようと思ったけど、閉店間際であんまケーキ残ってなくて。たまたまそれが目についたから‥‥安いやつだけど」

さっきまでの上から目線はどこへやら、クッションに顔を埋めつつぼそぼそとそう語る彼に、思わず笑みがこぼれてしまう。

「‥‥何笑ってるのさ」
「何でも―。‥‥ありがとう。美味しかったし可愛いし、癒された」

可愛いのはデザートだけじゃないけど。
心の中でそう加えつつお礼を言うと、彼は少し気を取り直したようにクッションから顔を上げた。

「ツアーの合間にも会いに来て、君の何気ない一言も覚えてあげてる僕って優しくない?彼氏力あるでしょ?」
「うん、それ自分で言ったら台無しだからね?」
「だって君、今ひとつ僕のこと彼氏と思ってなさそうだから」

急に鋭い一言を言われて、言葉に詰まる。
どう答えていいかわからなくて、じっと彼を見ていると、彼は少し拗ねたような表情で、ふいっと顔をそむけた。

「‥‥どうでもいい奴のためにわざわざ東京戻ってくるほど、僕も暇じゃないんだからね。そこんとこ、ちゃんとわかっといて」

そう言い残して、「お茶もらうよ!」とソファを立ち、ずんずんと勝手に台所に向かっていく彼。

‥‥私みたいな会社勤めじゃないから、スケジュールはよくわからないけれど、彼がいつも忙しく動き回ってることは知っている。
ライブに宣伝活動に全国を駆け回り、それが終われば製作期間という名の曲作り。人気が出始めているとはいえ、まだそれ一本で食べられるほどじゃないから、合間にはバイトもしている。
それでも、「寂しいな」とか「放っておかれてるな」と感じたことは今まで一度もなくて、いつも急だけど、何だかんだ理由をつけて会いに来たり、外出に誘ってくれる。

‥‥口は悪いし上から目線だけど、彼は彼なりに、色々考えてくれてるのかな。
そう思うと、彼を今ひとつ信用してなかった自分が申し訳なく思えてくる。

突然、目の前にずいっとお気に入りのマグカップが突き出されて、顔を上げると、彼が自分のカップに口をつけながら立っていた。

「‥‥ありがとう‥‥あ、お茶もだけど、それだけじゃなくて。なんというか、いつも‥‥」
「わかればいいんだよ」

そう言ってふっと笑う彼は、いつもの皮肉な感じじゃなく、優しい目をしていて、柄にもなくときめきを感じてしまった。
そろそろ合鍵渡そうかな、と思い始めてしまってる私は、ほだされてるのかもしれない。