グルメ de 妄想小説

美味しいグルメをもとに、デート小説を妄想してしたためています。

果実園リーベル(吉祥寺東急百貨店)de 妄想ーお抹茶セットとフルーツポンチ

 

平日の午後4時頃、吉祥寺駅北口の東急百貨店。
混雑しがちな夕方とはいえ、平日だから吉祥寺もまだそんなに人も多くなくて、落ち着いている。

『早く着いちゃったから、1階の化粧品見て待ってるね』
『わかった。あと5分くらいで着くから待ってて』

ついさっき送ったラインはすぐ既読がついて、彼からの返信が来た。
なるべく可愛めな「OK!」のスタンプを返して、あまり縁のない高級化粧品売り場を眺める。

(‥‥会うの久々だし、なんか緊張するなぁ‥‥)

この春から大学2年生で、まだ就活も卒論も先の話な私と違って、彼は理系の大学院の修士2年生。
毎日実験や課題に追われているようで、大学に行かない日も塾講師のバイトで忙しそう。
それでも今日みたいに、ゼミの後などにちゃんと時間を作ってくれるのは、すごく嬉しいしありがたい。

メイクとか変じゃないかな‥‥と、化粧品売り場のあちこちに設置された鏡でさりげなくチェックしていると、後ろからぽんと肩を叩かれた。

「‥‥お待たせ。ごめんね、けっこう待った?」

振り向くと、急いできたような様子の彼が、少し申し訳なさそうに立っていた。

「ううん、全然‥‥っていうか、まだ約束の時間の前だし、私が早く来すぎちゃっただけ」
「そう?なら良かった」

安心したようにそう言って、「久しぶりだね」と笑う彼の笑顔が眩しい。
有名大学の大学院生なのに、全然それを鼻にかける様子がなくて、いつもニコニコしている彼の笑顔が好きだ。

「行きたいって言ってたの、ここの3階だよね?」
「うん、果実園リーベルっていうところ」

忙しい彼だから、普段はお互いの家を行き来して、夜ご飯を一緒に食べたりすることが多い。だから、付き合って3か月が経つけど、あまりデートらしいデートはしていなかった。
それを気にしてか、『今度の水曜はゼミの後早く帰れるから、どこか行きたいところがあったら一緒に行こう』と言ってくれた。
とはいえ、私も都心の人混みはあまり好きじゃないし、私の大学からも彼の家からも近くて便利な吉祥寺で何かないかな‥‥と考えた時、思いついたのが、東急百貨店に最近できた「果実園リーベル」だった。

 

果実園リーベルは、新鮮な果物を贅沢に使ったスイーツを豊富に扱ったお店。
新宿とか目黒、東京駅など、都心にも店舗があって、吉祥寺にできたのは去年のこと。東急百貨店のリニューアルに合わせて、新しくオープンしたみたい。
吉祥寺の近くの大学に通っている身として、新しいお店は気になっていたけれど、なかなか入る機会がなかった。
彼も甘いものは好きだから、いつか彼と一緒に行けたらいいな、と思っていたのだ。

3階のフロアの端、木のぬくもりを感じるお店の前にやってくると、すぐに店員さんが席に案内してくれた。

「わぁ、けっこう中広いんだね」
「そうだね、表の席だけかと思った」

店の外から見ると、テラス席のような客席しかないように見えるけれど、奥にも広いスペースがあって、席数はけっこうある。
平日の午後とはいえ、店内はマダムたちやお子さん連れのママさんで賑わっていた。

店内の女子率が高くて、ちょっと申し訳なくなるけれど、彼は全く気にした様子もなく、私に奥のソファ席を譲って、楽しそうに店内を眺めている。

「何にしようかな、入口にあったケーキも美味しそうだったし‥‥パフェとかパンケーキとかもあるんだね」
「久々のデートだし、好きなもの頼んでいいよ」

ニコニコとそう言ってくれる彼に、「えー、ほんとに?」などと返しつつ、改めてメニューを見た私は、ハッとした。

(ど‥‥どうしよう、思ったよりも値段が高め‥‥!)

パフェも様々なフルーツの種類があるけど、1,400円くらいのものが多い。
パンケーキは1,200円~1,900円くらい、お茶は単品で700~800円‥‥というのを確認して、私は金額を調べてこなかったことを後悔した。

彼は私より3つ年上だけれど、大学院生、つまりまだ学生の身分。忙しい授業の合間にバイトをしているけれど、一人暮らしで、奨学金なども借りながらやりくりしているのを知っている。
一回のカフェデートで、一人につき2,000円近くも出させるのは、とても気が引けた。

よく考えてみれば、新鮮なフルーツをふんだんに使っているのだ、相場がお高めで当たり前。
ケーキセットで1,000円くらいでいけるかなー、などと勝手に思っていた自分の甘さを呪いつつ、何を頼むべきか‥‥と、メニューを凝視する。

すると、メニューの下のほうに、ちょうど「980円」と書かれたメニューを見つけた。

「あっ‥‥わ、私、これにしようかな!」
「ん?んーっと‥‥お抹茶セット?」

指さしたのは、「お抹茶と季節の和菓子・フルーツのセット」。
フルーツと甘いものをしっかり楽しみつつ、お抹茶という飲み物もついて980円。これならちょうど良い‥‥!と、ほっと胸をなでおろす。

「パフェとかパンケーキとかじゃなくていいの?」
「うん、微妙な時間帯だし、いっぱい食べるとお腹いっぱいになっちゃうし‥‥この後、夜ご飯も食べるでしょ?」
「まぁ、そうだけど‥‥遠慮してない?」

そう言って、ちょっと悪戯っぽく笑って私を覗き込む彼に、「してないよ!」と返す。
彼は「ならいいけど」と答えた後、「じゃあ俺はこれにしようかな」と、フルーツポンチを指さした。

「わ、いいね。フルーツポンチって、なんか懐かしい」
「でしょ?昔、母親がたまに作ってくれたんだよね。ちゃんとした店で食べたことないから頼んでみたい」

店員さんにお抹茶セットとフルーツポンチを注文し、お互いの近況なんかを喋りながら、食べ物が出てくるのを待つ。
彼は最近、ゼミでの研究が充実しているみたいで、この前先輩とこんな実験をして、とか、学会でこんな話を聞いて、とか、そんな話を楽しそうに聞かせてくれた。
私も彼と同じ理系で、専攻も似ているから、彼の話は、少し大人な世界を覗かせてもらえているみたいで、いつもおもしろかった。

「今年は修論も就活もあるから、頑張らないとなぁ」
「そうだよね‥‥ますます忙しくなるね」

何気なく、相槌としてそう返したつもりだったけど、少し皮肉っぽく聞こえてしまったんじゃないかと、ハッとする。
彼が忙しくて、あまり頻繁には会えないことに、そんなに不満を持っているつもりはなかったけれど、寂しくないといったら嘘になる。
そういう気持ちが、つい出てしまっただろうか。

「お待たせしましたー、お先にお抹茶セットになります」

彼が何か言いかけたところで、ちょうど店員さんが私のお抹茶セットを運んできた。
目の前に置かれたトレイに、私と彼の目線が釘付けになる。

「‥‥え、ちょっと待って、すごい豪華じゃない?」
「フルーツ、お重みたいなのに載ってるし‥‥飾り切りもすごいね」

トレイに載っているのは、きちんとしたお椀で点てられたお抹茶に、2切のカステラ。そして、お重のような入れ物に載せられた、数々のフルーツたち。

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お抹茶セット。フルーツが盛りだくさん

「メロンもすいかもパイナップルも苺もある‥‥すごい、さすが果物専門店だね」

二人でふんだんに盛られた綺麗なフルーツに目を輝かせていると、彼の頼んだフルーツポンチもやって来た。

「おおー、こっちもすごい‥‥フルーツポンチってこんなお洒落なものだったっけ」

スマートな器に、サイダーらしき飲み物が入れられ、その上に沢山のスイーツが載っている。
彼の言う通り、私もこんなお洒落なフルーツポンチは初めて見た。むしろ、見た目はパフェだ。

 

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パット見、フルーツポンチとは思えない見た目

いただきまーす、と声を揃えてから、それぞれ食べ始める。
フルーツを売りにしたお店なだけあって、どの果物も熟していて新鮮で、すごく美味しい。
特に、グレープフルーツやオレンジなどの柑橘系は、果汁がじゅわじゅわと染み出してくるようだった。

「さすが高級フルーツって感じ‥‥」
「だね。こっちのジュースも飲む?果汁がすごいよ」

そう言って、彼がフルーツポンチの器を私のほうに差し出してくれる。
パフェを入れるような器には、ストローがささっていて、そこからジュースの部分が飲めるようになっている。

間接キス‥‥なんて思いつつ、ありがとう、と、遠慮なく器を受け取った。
飲んでみると、グレープフルーツっぽい、柑橘系の果汁の味を強く感じる。ただのサイダーじゃないところが、さすがお店だ。

その後、私のカステラなんかも少しシェアしつつ、お互いのお皿を完食した。

「美味しかった‥‥なんか、けっこうお腹いっぱいになったね」
「そうだね。ちょうど良い量だったかも」

他の席にパフェやパンケーキが運ばれているのを見たけど、お値段が少しお高めなだけあって、サイズが大きくて驚いた。
あれを食べるなら、普通にランチ代わりとかでも良いかもしれない。

そんなことを考えていると、彼がふと気づいたように、私のトレイに載った、お抹茶のお椀を手に取る。

「これ、桜の模様のお椀なんだね。春だからかな」
「あ、ほんとだ‥‥」

言われて改めて見てみると、お抹茶の入った黒いお椀には、ほのかなピンクの花びらがいくつか描かれていた。

「季節に合わせて器も変えるのかな。夏とか秋は何の器になるんだろうね」

私も、彼の手の中にあるお茶碗を眺めながら、「フルーツも季節ごとに変わるんだろうね。気になる」と返した。
すると彼は、「そうだねぇ」と穏やかに答えた後、不意に私を見つめてきた。

「ん、どうしたの?」
「‥‥夏になったら、また来ようか。秋も」

彼を見ると、なんだか少し申し訳なさそうな、でもとても優しい顔で私を見ていた。

「‥‥夏になって秋になって、忙しくなっても、会う時間は必ず作るよ。約束する」

そう言われて、食べものが運ばれてくる前の会話を思い出す。
‥‥やっぱり、「忙しくなるね」って言った時、不安が顔に出ちゃってたのかな。
でも、それに気付いて、不安をなくすための約束をくれる彼の優しさが、とても嬉しい。

「ありがとう‥‥」
「俺が会いたいからね」

そう言って、グラスに残っていたお水を飲みほした彼は、少し照れているように見えた。

「‥‥スーパー寄ってうち帰ろっか。あ、本屋行きたいって言ってなかった?」
「そうだった、読みたい文庫が今日発売なの」
「じゃあジュンク堂寄って帰ろ」

荷物をまとめ、伝票を持って席を立つ彼に続いて、私はフルーツの良い香りが漂う店内を後にしたのだった。